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ツヨシのイタリア生活日記ブログ

イタリア生活、ニュース、留学案内、イタリアならではの珍事などを日本人がほとんどいないウンブリア州のオルヴィエートからTsuyoshiが楽しくブログで伝えます。

2010年02月10日

夜のバチカン、サンピエトロ大聖堂とペトロの話

バチカン、聖ピエトロ寺院



バチカンの夜が好きというコメントをいただいたので、サンピエトロ寺院の写真を掲載します。
いつも混雑しているサンピエトロ広場は夜になると人気(ひとけ)が一気になくなり、闇に浮かぶ巨大な寺院が姿を現します。


ここでちょっとペトロにまつわる話を書きます。僕は無宗教ですがカトリックの物語は奥が深くて読み込んでみるとなかなか面白い。少しでも歴史を知っていると聖ピエトロ寺院を見たときの感動が大きく変わるよ。


サンピエトロは日本では聖ペトロと訳されます。イエスの12使徒のリーダー的存在だったのがこのピエトロです。漁師だったピエトロはイスラエル北部の湖(ガリラヤ湖)でキリストに声をかけられ最初の弟子になります。新人勧誘ですね。そのとき「これからは魚でなく人間を取る漁師になるのだ」と諭されました。聖書はホントに名言集です。ちなみに魚は十字架にかわるキリスト教のシンボルでもあって、教会の屋根の上などに魚のシンボルが付いていることがありますよ。これは別に元魚屋だった訳でなく、キリスト教会であるということです。


知らない人が意外と多いのだけれど、聖ピエトロが初代ローマ教皇なんですね。約2000年前の話です。ちなみに現在のベネディクト16世は第265代ローマ教皇となります。逝去すると新しい教皇が選出されるので、在位は平均10年以下なんですね。在位33日で亡くなった教皇(ヨハネ・パウロ1世)もいて、これには暗殺説もささやかれました。閑話休題。ピエトロの肖像はキリストから授けられた「天の国の鍵」を持っていることが多いです。通常は2本の鍵で、教皇の紋章もこの金と銀の鍵が交差して描かれています。多くの教会にこの教皇のシンボルが描かれているのでぜひ見つけてみましょう。天国の鍵=ピエトロの鍵です。


有名なのがシスティーナ礼拝堂にあるペルジーノが描いた「聖ペテロへの天国の鍵の授与」。そしてミケランジェロの「最後の審判」にもピエトロは鍵を持って描かれていますよ。目をこらして見てみてね。
あと、聖ピエトロ大聖堂の中にある聖ペテロの座像も必ず見ましょう。きちんと左手に2本の鍵を持っていますよ。ちなみにその座像は右足のつま先だけが指がなくなってツルツルになっています。これは毎日たくさんの信者が触って、口づけするからです。


なぜカトリックの総本山がサンピエトロ寺院という名前なのでしょう。それは寺院がピエトロの墓の上に建てられたという歴史(逸話)にあります。ピエトロはローマで布教活動をしていたのですが、ネロ帝の迫害のもと、67年に逆さ十字架にかけられて殉教したとされます。この逆さ十字の殉教シーンもよく教会内のフレスコ画で見かけますよ。逆さ十字の磔のシーンを見たら、それはピエトロと思ってください。


ここでまた疑問が生まれます。なぜピエトロは頭に血が下がる逆さ十字に処せられたのでしょう、想像しただけでも頭がジンジンと痛くなります・・・。ピエトロは迫害が激しくなったローマから避難しようとアッピア街道をひた歩きます。殺されるのが怖くなって逃げたんですね。すると向こうから師のイエスが来たのです。この状況は学校をサボって駅に向かったら前から担任が来るという不幸な高校生に似ています。ピエトロが「主よ、どこへいかれるのですか?」と問うと、イエスは「あなたが私の民を見捨てるのなら、私はもう一度十字架にかけられるためにローマへ戻る」と答えました。ピエトロはきっと顔から火が出るほど恥ずかしかったことでしょう。彼はそれを聞いて悟り、殉教を覚悟でローマに戻ります。そして実際に磔刑に処されるとき、自分がイエスと同じ状態(頭が上)で処刑されるに値しないとして、みずからこの逆十字を望んだのです。エライ!


本当にピエトロの墓の上に建っているの?ただの伝説じゃないの?っていう疑問もありますよね。でもこれ、スゴイんです。1939年に教皇に就任したピウス12世が考古学者に地下墓所の調査を依頼しました。すると紀元2世紀に造られたとされる記念碑が見つかり、その周囲には墓参におとずれた人々の落書きまであったのです。記念碑の中央には1世紀のものと思われる男性の遺骨も発掘されました。ピエトロの遺骨の可能性がとても高いということです。


面白いでしょ。イエスとか福音書とか教皇とかも読み始めたら止まらなくなります。聖書って世界一のベストセラーなんだよね〜。
ローマに行く人は『天使と悪魔』も読むと良いよ。映画はイマイチだけど本はなかなかエキサイティングです。ローマが舞台で僕の好きなナヴォーナ広場も登場します。お勧めです。ハイ。


【2010年2月10日 堂 剛 - Tsuyoshi Doh】
タグ:ローマ
posted by Tsuyoshi at 08:36 | Comment(7) | TrackBack(0) | 写真で見るイタリア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
こんにちは。バチカン、好きです☆
歴史は深くて面白いですね、ホント。イタリアの歴史など色々勉強したいと思いました。
Posted by mari at 2010年02月10日 11:22
こんにちわ。
いいですね!!夜のサンピエトロ寺院。
ペトロはイエスから最大の信頼を受けていたので、天国への鍵を授けられたとか?
私は、仏教徒ですが、カトリックの歴史は興味深いです。話始めると止まらなくなります。(笑)
Basilica di San Paolo Fuori le Mura には、歴代ローマ法王の肖像画があります。一番最初にはやはり、ペトロ、そこからずーーーーっと、今の法王まで。ただ、残りのスペースがあと5、6人分位だったので、イタリア人は皆、心配しているそうです。(笑)
Posted by kurogoru at 2010年02月10日 13:31
すごーく興味深く読みました。サンピエトロ寺院すごく好き〜。いつももう少し勉強してから来たらもっと感動するだろうなって思ってたから読んだらワクワクしてすぐにでも行きたくなったわ。ローマへ再び行かれるのはいつになるやら…。いつも楽しいブログありがとね〜!
Posted by kuu at 2010年02月10日 23:32
> mariさん
僕は歴史は苦手なんですが、聖人や教皇にまつわる逸話はついつい引き込まれてしまいます。なんか人間くさいところがあって想像が膨らむんですよね。
> kurogoruさん
ペトロはイエスの第一の弟子だからね。別格です。教皇の歴史は面白いですよね。コンクラーベとか調べ出すと止まらなくなります。
> kuuさん
まあ、3000年もの歴史あるローマはそうそう無くならないから心配しないで。また近いうちに戻ってこれるよ。トレヴィの泉でコイン投げ入れたよね?なら大丈夫です。
Posted by Tsuyoshi Doh at 2010年02月11日 02:10
本当にきれいですね。
以前、バチカンのクーポラに早朝登った事があります。
朝焼けが残る空に、まだ人々が騒々しく動き出す前の静かなローマ市内がすごくきれいで印象的でした。
機会があったら早起きして行ってみて下さい。
Posted by Hiro.N at 2010年02月14日 02:56
> Hiro.Nさん
そうか、早朝ってのは僕にはなかった発想です。ローマは近すぎて泊まることがないから難しいな。他の町でものんべえの僕には早朝はちとキツイな。でも頑張ってみたいです。明後日からヴェネツィア行ってきます!
Posted by Tsuyoshi Doh at 2010年02月14日 18:54
東京などの人工的な夜景と違い、ヨーロッパの夜景はどこか人肌を感じて落ち着きます。
素敵ですね。

私は高校がミッション系だったので週に1時間、聖書の時間がありました。
結局、色々と納得できず信者にはなりませんでしたが。
ご存知でしたか?
現存している「聖書」は初期に強かったキリスト党派の聖職者達が自分達に都合の良いように(信じている部分だけ)まとめたものなんです。
つまり、新約聖書と言われている時代に書かれたキリストの教えを記述で残した「聖書」は他にも60近くあるのです。
その中で自分達の党派の布教に都合のいい、キリストを神格化するのに都合のいい部分だけ残しまとめたのが現存する「聖書」となっています。
一時期、「ユダの福音書」が話題になりましたがあれも消されてしまったひとつと言われています。
現在、専門家による解読が進んでいますがそこに書かれているイエスは「聖書」のイエスと違い、とても人間味のある普通の男性として生き生きと描かれているとか。
そう考えると「聖書」って・・?
※この手の話はイタリアではタブーですか?
Posted by sako at 2010年02月17日 10:16
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